「崇高」という概念は、18世紀イギリスの市民社会の草創期に一つの美的カテゴリーとしての地位を獲得し、絵画や文学で具現化されるだけでなく美学上の重要なテーマとなる。その理論的言説の焦点は、修辞学における「崇高体」から、自然の「崇高な」対象、そして主体自身の「崇高性」へと移行していった。「崇高」の経験は、内的葛藤や両義的感情といったダイナミックな要素を含みもつことで、近代的な主体性の確立と動揺のプロセスに深く関わっていたと考えられる。その経緯を明らかにするために、本年度は以下の項目に関する研究を進めた。 1. 伝ロンギノス『崇高について』の17世紀末から18世紀にかけてのイギリスでの普及について、原典、ボワロ-のフランス語訳からの重訳、及び数種類の英訳の出版状況と反響を調査した。 2. 18世紀のイングランド・スコットランドの啓蒙思想家、文学者たちのグランド・ツアーでのアルプス体験の報告や記録、及び彼らによる「崇高」概念の意識化について調査、検討した。 3. 市民社会台頭期において出版資本主義の果たした役割を、定期刊行物の発行、旅行記や冒険小説などの普及という面から検討し、崇高論の流行との関わりについて考察した。 4. J.デニス、アディスン、ベイリー、バ-クらによる崇高論の内容、相互関係、人々の受容等を検討した。 5. とくに影響力のあったバ-クの崇高論については詳しく内容を分析し、「崇高」=男性的なもの、「美」=女性的なもの、というジェンダー的な二元論による類型化がさまざまな側面からなされていることを確認した。 尚、最後の項目5に関しては、平成7年10月20日美学会第46回全国大会にて「「崇高」とジェンダー・メタファー…バ-クの『崇高論』を中心にして」という題目で口頭発表を行った。
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