版画が必要とされる時代には、背景に都市文化がひかえている。ここでは江戸とアントワープという都市の比較論が、版画の比較論のベースにある。共通した社会的ニーズが、共通した図像を生みそれを発展させてゆくのではないかというのが、この研究の出発点であった。確かに版画が量産されてゆく背景には、都市住民の生活感情が横たわっている。それは極めて世俗的な要求である場合が多い。 ここでは特に両者に共通して描かれるテーマである「街頭の風俗」を取り上げた。それは日本では洛中洛外図に代表される近世初期風俗画以来の画題である。ネ-デルラントではブリューゲルの「ネ-デルラントの諺」や「子どもの遊び」などの百科全書的な世界把握の図式がこれに対応する。ともに街頭ではストリートパフォーマ-の姿が浮き彫りにされる。大道芸を披露する見せ物小屋や、露台を出して往来の人を集める手品師やいかさま医師などの実体が近世のネ-デルラント版画に登場する。ルカス・ファン・レイデンをはじめ、16世紀後半にアントワープで出されたボスやブリューゲルの下絵による銅版画を収集整理し、それを通して、これらの画題の意味と、成立の社会的背景を図像学的に検討を加えた。なかでも頭の中にたまった石を切り出すという街頭治療は、しばしば図像化され、その意味の解明に向けて医学的な研究を参照しつつ、当時のいかさま師全般の分類化を試みた。 その他、風景描写の比較についても、次年度の考察のために資料収集を始めた。17世紀のオランダ風景画成立の序章を形づくる銅版画の分類整理と浮世絵の風景描写の特性を考えるための資料収集のプランが練られた。
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