二方面への研究の展開をはかった平成八年度の成果をうけて、今年度は、対象時期を近代全体にまで拡げつつ、〈望郷〉という情念の追究・解明に加えて、〈望郷〉の表現を基底から支える〈回想〉〈追憶〉という行為の仕組みの解明を試みた。 すなわち、帰郷傾向、望郷志向が表面化する高度成長期の歌詞・曲の分析と時代状況の考察とを通じて、〈望郷〉情念のゆくえを追う作業は、平成九年三月に出版した『望郷歌謡曲考-高度成長の谷間で-』(NTT出版)で一段落したので、次は、考察範囲を近代全体にまで広げて、主に文学作品を対象に、〈回想〉〈追憶〉現象とその仕組みとを、明治後半という懐古的な時代状況、心理学の成果に後押しされた表現方法、の両面から検討した。 郷土文学、追懐小説、幼年期ものといった明治四十年代の文学動向が対象となるが、心理学の後押しに関してはほぼ作業を終えたので、今後は、この研究の成果をさらに推し進めるべく、一種のローラー作戦でさまざまな小説類を視野に入れつつ、時代的特徴、心理学の貢献が広範に見られることを立証してゆきたい。
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