移転価格税制の執行において無形資産(intangibles)とされるものは、租税優遇の対象として形成された知的所有権と同じではない。むしろ、有形資産の移転にアームズ・レングス基準を適用して得られた結果が、特に関連納税者間での利益分配という観点からみて必ずしも合理的とはいえない場合に、これを修正するために、たとえばブランドネ-ムなど納税者側が無形資産と明確には認識・評価していないものを問題とし、これに帰属する所得を配分するというケースが数多く見られる。つまり、やや極端な言い方をすれば、無形資産は、アームズ・レングス基準による移転価格税制がもたらす歪みを緩和するための緩衝剤ないし潤滑油としての機能を果しているのであり、逆に言えば、そうした緩衝剤が必要な場合に無形資産の存在が認識され、緩衝剤として必要なだけの価格によって評価されるのである。もちろん、こうした過程で問題とされる無形資産は、たとえば即時償却される広告宣伝費の集積としてブランドネ-ムが生じるといったように、租税優遇の産物である場合が多い。この点は、たとえば研究開発費の税額控除による特許権など、租税優遇によって形成された知的所有権と共通する。両者の違いは、優遇が明示的かどうかがある。 移転価格税制の適用における配分の合理性、つまり、利益分配の合理性の判断の背景にあるのは、たとえば、A国の優遇税制の下で開発された技術の利用による所得は、A国が課税の対象すべきであるというように、無形資産にかかる控除項目とその所得とを、国際的に対応させるという考え方である。会計上の費用収益対応原則が、時間的対応を求めるのに対して、移転価格税制における無形資産の評価は、地域的対応を求めるといえる。 しかし、アームズ・レングス基準からは、移転価格はあくまでも市場取引によって決定すべきで、租税優遇との対応は度外視すべきはずである。この点が、今後の研究の焦点となる。
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