成体の神経系では、アセチルコリンとATPは神経伝達物質として作用することが知られているが、発生過程の未分化な細胞や増殖期の細胞に対しては、細胞内Ca^<2+>濃度の上昇を引き起こすことが報告されている。細胞内Caイオンは細胞増殖、細胞分化及び形態形成に重要な役割を果たすとされており、アセチルコリンとATPによる細胞内Ca^<2+>濃度上昇が、発生過程の細胞に特異的な応答である可能性が考えられる。 本研究では、ATPによる細胞内Ca^<2+>濃度上昇の発生過程における変化と、ムスカリン受容体、及び、ATP受容体によるCa^<2+>濃度上昇の細胞内情報伝達系を解析した。鶏胚の網膜神経層を用い、その灌流標本にCa^<2+>感受性色素fura-2 AMを負荷して細胞内Ca^<2+>濃度を蛍光側光した。その結果、ATPによる細胞内Ca^<2+>濃度上昇は、発生の初期(孵卵3日目)で最も顕著に生じるが、細胞増殖が終了するまで(孵卵7-12日目)に激減し、シナプスが形成される(孵卵14日目)以前に痕跡的となることを明らかにした。また、P_<2U>型ATP受容体に連関するG蛋白の少なくとも一部は百日咳毒素感受性であり、一方、ムスカリン受容体に連関するG蛋白は百日咳毒素非感受性であった。また、ホスホリパーゼCの阻害剤であるU-73122はATPによるカルシウム応答を抑制したが、U-73343はATP応答を抑制しなかった。これに対し、ムスカリン受容体によるCa^<2+>応答は双方により抑制された。両者のCa^<2+>応答はIP3感受性Ca^<2+>ストアにより生じ、両者のCa^<2+>応答間にクロストークが観察され、IP3感受性Ca^<2+>ストアの一部は両者の応答に共通に利用されると思われた。本研究は、発生初期の網膜神経層細胞では、アセチルコリンとATPが細胞内Caイオン濃度を調節することで、細胞増殖や細胞分化を制御する可能性を示唆する。
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