胎盤の絨毛細胞由来の癌細胞CC1に活性化H-rasとK-rasをそれぞれ導入し、発現させたところ、H-ras発現細胞のみが一層の細胞層からなるドーム状の構造を著明に形成した。このドーム形成細胞を走査電顕で観察したところ、発生初期の絨毛細胞に類似した形態をしていることがわかった。また、ドームの底面には細胞が存在せず、細胞層と培養皿の間に液体が貯留した結果ドームが形成されていると考えられた。コラーゲンゲル内で培養するとH-ras発現細胞は壁が一層細胞からなるcystを形成した。ドーム形成の原因として細胞が極性を示し、ドーム内に向かう液体の流れが生じたことが考えられた。そこで、細胞内物質輸送に関与する酵素であるNa^+.-K^+-ATPaseの活性を測定したところ、H-ras発現細胞ではK-ras発現細胞よりも活性が有意に上昇していた。この結果、H-rasはNa^+-K^+-ATPaseなどを介して細胞層表面から培養皿との接着面に向かう一方向性の物質輸送を促進すること、更には、母体と胎児の間の物質の移動にH-rasの機能が重要な役割を果たしている可能性が示唆された。RasがhCG分泌能に与える影響については現在解析中であるが、これについてはドーム形成とは反対にK-rasが促進的に関与していることをうかがわせる結果が得られている。 これまでの研究で、絨毛細胞ではH-rasとK-rasが機能上使い分けられているらしいことが明らかになった。しかし、どのような機序で使い分けられているのかは解明されておらず、今後の重要な課題である。
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