本研究の目的は、がんウイルス遺伝子の導入によりヒト末梢気道上皮細胞を不死化させ、その機序を明らかにすることであった。 成人ヒト(50-60才台の肺癌症例)の正常肺組織片の培養により得た細気管支上皮由来の外生細胞に対して、リボフェクション法を用いてHPV16のゲノムをもつplasmid pHPV16、HPV18のゲノムをもつplasmid pHPV18、その一部E7をもつplasmid pDE7、SV40のゲノムをもつplasmid pSVori-をそれぞれトランスフェクトし継代培養を行った。培地はインスリン、トランスフェリン、エタノラミン/フォスフォエタノラミン、上皮成長因子を含むMCDB153を用いた。 計3回行った実験の結果では、pSVori-のトランスフェクタントは最大9回までの継代が可能であったが(〜20 population doubling(P.D.L.))、最終的には死滅した。特異抗体を用いた免疫染色で、細胞核にlarge T抗原の発現とp53蛋白の蓄積を認めた。7回継代時点でのテロメレース活性は陰性であった。他のplasmidsのトランスフェクタントは2ないし3回しか継代できなかった(2〜6P.D.L.)。 今回の研究では、ヒト末梢気道上皮細胞はHPVゲノムの導入では細胞寿命の軽度の延長しか起こらないのに対して、SV40ゲノムの導入により著しい寿命の延長と継代回数の増大(population doubling能力の増大)がもたらされることが示され、それはp53蛋白の機能異常と関連することが推察された。しかしながら、この増殖能の増強は不死化には十分ではなく、テロメレース活性の賦活化も認められなかった。成人ヒト末梢気道上皮細胞の不死化が困難である理由の一つとしてその増殖能が余り高くないことが考えられる。今後は若年者の肺組織などを用い、より増殖能の高い細胞を得て実験を繰り返す予定である。
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