本研究の大きな目的は新しい学問領域である「医療体操史」構想のための基礎資料作成にあった。これまで筆者は各国の医療体操の状況を内科や整形外科にかかわりながら網羅的に把握してきたが、本研究では特に、治療的な身体的営みに関する資料を医学や医療の範疇を越えて、「癒し」という視点から広く収集した。また、その背景にどのような身体観や自然観や生命観があるのかについて若干の考察を行なった。 筆者のこれまでの医療体操史研究は、姿勢矯正や身体の管理をキーワードに進められてきたものであるが、初期整形外科のN.アンドリーにみられるような身体観が「真っすぐで強靭な身体」を追求するものであるのに対し、他方には、「しなやかな身体」とでもいうべき身体観が存在する。人間は社会や共同体や仲間や自然と、さらには病気とまで共生しながらたくましく生きている。つまり表向きの医学以外の方法で、人間が昔から身近な生活の場においてきた民間医療やあるいは医療とも呼ばれないものにおける身体運動(身体性)に癒されてきた。この点に注目することが「医療体操史」構想には必要であることが論証された。自らを元気づけ、行勇気づけ、希望をもって生き生きと明日を迎えるためになされる身体運動や時空間・・たとえば祭りや踊りや瞑想やボディタッチングなど・・に目を向けることなしに「医療体操史」は成立しない。疲弊した自己の受容や昇華のためになされる行為、エネルギーに満ちた自己の再生産のための行為。身体あるいは人間を物体としてではなく存在全体として、人間をホ-リスティックにとらえる立場に立って初めてスポーツをする人間研究としての意味をもつものとなる。本研究において、人間をホ-リスティックにとらえることと身体運動について新たな視点を与えられたことは非常に大きな収穫であり、今後の医療体操史研究にとって重要なタ-ニングポイントとなった。
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