九州天草の通詞島周辺ではハンドウイルカ(Tursiops truncatus)が周年にわたって見られる。この海域では、イルカウォッチングが年々盛んになっており、ウォッチングの本個体群への影響が危惧されている。一方、この個体群の生態についてはほとんど分かっていない。本研究の目的はハンドイルカ通詞島個体群の保護・管理に関連した生態学知見を得ることである。 測量機器であるセオドライトをを用いて、通詞島周辺海域におけるハンドウイルカの群れの日中の出現位置を連続的に記録し、移動経路を調べた。群れは基本的に岸に平行に東西方向に移動し、日ごとの移動経路にかなりの重複が見られた。主な出現海域は岸から1〜2kmで水深20m以浅域であった。群れは早朝に東側の海域に出現し、昼頃には通詞島の真北の海域に滞留し、夕方にはより西の海域に移動するのが基本的な移動パターンであると推測した。 ハンドウイルカの背鰭の写真を撮影し、背鰭後縁の後天的な傷痕の位置、形状、数を標識とし、個体識別を行った。1996年11月現在で192頭を識別した。撮影調査開始後2ヶ月間で識別した128頭の3ヶ月目以降の再発見を季節別にみると、92頭はいずれの季節にも、また18頭は連続する9つのすべての四半期に出現した。さらに、群れは全調査日において確認されたこと、隣接海域でハンドウイルカの群れを常時発見できる海域を見い出せなかったことから、通詞島周辺海域に定住したハンドウイルカの1コミュニティの存在が示された。 個体識別のデータに対して、標識再捕に基づく個体数推定法であるピーターセン法を適用した。月別の生息頭数の予備的推定値として201〜323頭(変動係数11.4〜22.9%)を得た。
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