研究室内で、光合成のできない暗黒条件下の飼育槽においてイトゴカイの飼育実験を行った。実験には海水と有機物レベルの低い底質を用いて、そこにイトゴカイの幼生を定着させて飼育した。飼育容器の中の底質には定期的に硫化水素を供給して、化学合成が可能な条件を設定した。イトゴカイの成長量と底質および海水の化学組成をモニターし、餌となる有機物をまったく供給することなく、硫化水素のみを底質中に添加することによって、イトゴカイを正常に発育させることを試みた。実験結果としては、狙い通りに、硫化水素の供給によってイトゴカイの成長を促進し、成体に成長して繁殖を行わせることに成功した、一方、同じ飼育条件で、硫化水素を供給しなかったコントロールでは、イトゴカイにほとんど成長が見られず、繁殖も行いまま死亡した。 実験終了後、生残するイトゴカイをすべて回収し、そのバイオマスの炭素、窒素の安定同位体元素比を測定し、イトゴカイの成長を促進した有機物の由来を明かにすることを試みた。その結果、イトゴカイのバイオマスのみから著しく低い炭素の安定同位体元素比が見られ、イトゴカイが摂食したはずの泥に含まれていた有機物と、イトゴカイのバイオマスを構成する有機物とは由来が異なりことが明らかになった。したがって、イトゴカイの体内には化学合成を行うバクテリアが共生し、その有機物を利用して宿主であるイトゴカイが成長している可能性が強く示唆された。現在までのところ、まだ体内に共生するバクテリアが発見されておらず、その直接的な証拠を見つけるには至っていないが、当初の研究の狙い通りに、深海底の熱水鉱床周辺に生息する化学合成による有機物の一次生産に依存する生物と同様なメカニズムで、イトゴカイが有機物を利用して生息している可能性が高い。
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