本研究ではバクテリオロドプシンにおいて観測された水分子の変化が、蛋白質内におけるプロトン移動とどのように関与しているか明らかにすることを目的とした。変異蛋白質、同位体置換蛋白質を駆使した赤外分光法により以下の成果が得られた。 (1)水分子のO-H伸縮を含む中赤外のすべての振動数領域でのノイズのないバクテリオロドプシンの差スペクトルを測定できる系を構築した。さらに時間分解測定、偏光赤外分光による結合角度の決定、ロドプシンとトランスデューシンの系を用いた蛋白質・蛋白質間相互作用の直接測定を新たに実現し、赤外分光法が構造と機能を結ぶ有力なツールであることを示した。 (2)バクテリオロドプシンにおいて構造変化する水分子の局在を、変異蛋白質によって構造を局所的に改変することで検討した。その結果これまでに4個の水分子の局在を同定した。これらはヘリックスB、C、Gが形成するプロトン輸送経路に沿って存在しており、プロトンポンプに密接な関わりをもつ水分であると考えられる。 (3)活性中心に存在し364cm^<-1>にO-H伸縮をもつ水分子がL中間体において示す強い水素結合構造がプロトンポンプという機能と直接相関をもつことを明らかにした。この水分子はシッフ塩基の正電荷とAsp85の負電荷とを分離するのに重要な存在であり、一方L中間体においてこのコンプレックスがレチナ-ルに誘導した歪んだ構造がシッフ塩基のpKaを下げてプロトン移動を誘導するものと考えられる。 (4)変異蛋白質と種々の分光学的手法を組合せることによってプロトン放出基がGlu204であることを明らかにした。これによって、バクテリオロドプシンはプロトンポンプなどのすべての輸送蛋白質の中で、はじめて輸送されるプロトンの経路が確定した系となった。 (5)バクテリオロドプシンの1個のアミノ酸残基を置換したところ、プロトンポンプがハロロドプシンのように塩基イオンポンプとなることを発見した。両者は本質的に共通のイオン輸送機構をもち、わずか1個のアミノ酸が輸送するイオンの選択性を決定しているらしい。
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