本年度は、語用論的・認知的アプローチから、授受動詞を含むダイクシス現象一般に関する理論的・具体的考察を行った。具体的には、歴史語用論の観点から、ダイクシスの歴史的変化に関する記述と一般化を試みた。古代日本語では、聞き手への話し手の移動を表す場合に「来」が使われており、移動動詞が融合型システムに支配されていたが、日本語は、話し手領域への移動の場合には「来る」、聞き手領域への移動の場合には「行く」で表すようになり、両移動を言語的に区別する対立型システムへと移行していったことを歴史的資料をもとに明らかにした。そして、日本語が、相手領域への移動の場合に「行く」を使用するようになったのは、相手領域に間接的にアクセスすることによって、失礼さの誘発を回避するようになったからであると説明し、「行く」の使用は、相手領域へのアクセスに対する間接化である点で、ネガティブ・ポライトネスを反映したものであることを明らかにした。また、同様の変化が指示詞や敬語においても認められることを明らかにした。ここでの成果は「ダイクシスへの歴史語用論的アプローチーダイクシス動詞「来る」の歴史的展開と話し手・聞き手の対立-」Ars Linguistica.16:32-55.日本中部言語学会、2009年、として、学会誌論文の形で発表した。さらに、授与動詞、移送動詞、敬語動詞、移動動詞、指示詞、敬語などのダイクシス表現に通低する歴史的変化の方向性を「領域区分化」という統一的原理によって示した。これは、日本語は、自己(話し手)の領域内の事物・事象と他者(聞き手、第三者)の領域内の事物・事象とを言語的に区別する方向に発達してきているというものである。日本語のダイクシス表現の多くは、この領域区分化の所産である。ここでの成果は、「移動動詞「来る」の文法化と方向づけ機能-「場所ダイクシス」から「心理的ダイクシス」ヘー」『語用論研究』、11:1-20.日本語用論学会、2009年、として学会誌論文の形で公表した。
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