海馬歯状回穎粒細胞は、生後に新生し、生涯に渡って増殖・分裂する特殊な神経細胞である。この特殊な神経細胞の生理的機能は、未だ不明な点が多い。本研究は、神経回路形成という観点から、顆粒細胞の機能を解明することを目的としている。まず、単一顆粒細胞の形態を可視化するため、緑色蛍光蛋白質を発現するレトロウイルスを用いた。レトロウイルスは、増殖時の細胞にのみ感染するウイルスであり、本ウイルスを用いることで新生顆粒細胞の成熟を経時的に観察することが成功した。新生顆粒細胞の成熟に影響を与える因子を探索するため、まず胎生期ストレスに曝された生後0-1日齢仔ラットから、海馬切片を作成し、レトロウイルスを用いて新生顆粒細胞を可視化した後、培養した。培養14日後に新生顆粒細胞の成熟を観察すると、胎生期ストレスにより、新生顆粒細胞の樹状突起の枝分かれ数および全長が減少していた。興味深いことに、この成熟異常はオスと比較してメスでより顕著に観察された。以上のことから、胎生期ストレスが樹状突起の成熟を阻害すること、さらにその影響はメスでより顕著に観察されることが明らかになった。特筆すべきことは、ヒトおよび実験動物において、胎生期ストレスにより、将来的にうつ病様症状を示す確率が上昇することである。また、抗うつ薬の投与により歯状回顆粒細胞の新生が増強されることから、本研究で見られた異常が、将来まで個体行動に影響を及ぼし、うつ病様症状を惹起することが示唆される。今後、胎生期ストレスが顆粒細胞の成熟に影響を及ぼすメカニズムを追究するとともに、顆粒細胞の成熟阻害により、実際にうつ病様症状を示すようになるか検証していく。
|