昨年度の研究からミヤマタネツケバナにおける地域間の遺伝的分化に伴い、光受容体の遺伝子において、地域間で適応的に進化した可能性が示唆されていた。本年度はこの点をより詳細に明らかにするため、光受容体の遺伝子のうちフィトクロム遺伝子群(PHYA-E)のコード領域の全塩基配列(それぞれ約3800bp)を決定した。そして、集団遺伝学的な手法をもとに解析を行ったところ、PHYEにおいてのみ地域間で適応的に進化したことが強く示唆された。さらに、PHYEではフィトクロムの機能的に重要なドメインにおいて地域間でアミノ酸置換が固定されていることが明らかとなった。このことは、日本列島の地域間でフィトクロムの機能に分化が起きている可能性を示唆しており、適応的に機能が進化したことを意味している。このPHYEにおける適応進化の知見は、フィトクロムの分子進化に関する論文として、投稿した。さらに本年度は、PHYEにおける地域間でのアミノ酸配列の違いが、実際に表現形質に影響を与えるかを検証するため、シロイヌナズナのフィトクロム変異株に対してのミヤマタネツケバナのPHYE遺伝子を導入する実験を始めた。時間のかかる仕事であるため、結果は来年度以降になる見通しである。また、これらの遺伝子レベルでの研究に加え、本年度は実験室栽培下での表現型の地域差を明らかにすることを試みた。その結果、中部地方(木曽駒ヶ岳:長野県)の個体と北日本(大雪山:北海道)の個体では、大きく表現型に違いが見られることが明らかとなった。なかでも、フィトクロムが関与する代表的な形質である胚軸の長さに有意な地域差が見つかり、遺伝子レベルで見られたPHYEの適応進化との関連が伺われた。来年度以降には、この表現形質の差とPHYEの適応進化の間の関連をより詳しく明らかにするとともに、表現型の適応に関わった他の遺伝子を明らかにすることが大いに期待される。
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