研究概要 |
大腸菌走化性はシグナル伝達の研究分野におけるモデルシステムである.中でも,中心的な課題となっているのが走化性シグナルの増幅および増幅率(ゲイン)制御機構の解明である.走化性受容体は菌体の極で巨大なクラスターを形成する。クラスター内での受容体ダイマー間相互作用を介して隣接する受容体ダイマーへとシグナルが伝わりシグナル増幅が起こるとされているが,その詳細は不明である.特に,極クラスターが巨大な膜タンパク質複合体であることによる扱いの困難さから,受容体間相互作用の分子基盤についてはこれまで詳細な解析が行われてこなかった.私は,これまでの実験で単独の受容体を発現させて,ダイマー間相互作用変化を検出してきたが,この状況下では全ての受容体に誘引物質が結合可能であり,クラスター内で隣接する受容体ダイマー間をシグナルが伝達したかどうかを判断するのは困難である.そこで,大腸菌が4種類の走化性受容体をもつことに着目した.これらの受容体は混合クラスターを形成すると考えられているので,2種類の受容体(アスパラギン酸受容体Tar,セリン受容体Tsr)の共発現系を用いれば上記の課題をクリアできる.ダイマー間相互作用の検出はinvivoでのS-S架橋形成を利用した.はじめに,Tar架橋形成がTsr存在下で阻害されることから,混合クラスター形成を確認した.続いて,Tar-Tsrダイマー間で架橋したヘテロダイマーを検出し,異種受容体間相互作用が存在することを示唆する結果を得た.Tar特異的な誘引物質であるアスパラギン酸の添加によって,Tar-Tar架橋だけでなく,Tar-Tsr架橋,Tsr-Tsr架橋にも影響がみられたことから,クラスター内における膜に水平な方向へのシグナル伝達が示唆された.このシグナル伝達方式が走化性シグナルの増幅機構に関与していると考えられる.
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