昨年度はまず、本年度スラブ・ユーラシア叢書シリーズの1冊として刊行される予定の『近代東北アジアの誕生:跨境史への試み』の編集に、多くの時間を費やした。この本は2007年3月に筆者が企画し、スラブ研究センターで行われたセンターと大阪大学の合同研究会「近代東北アジアにおける国際秩序と地域的特性の形成」で報告された内容をもとにしており、執筆者も原暉之、岡本隆司、矢後和彦、杉山清彦、松里公孝、桃木至朗など、各分野の一流の研究者が揃っている。「近代東北アジア」をテーマにこれだけ多様な分野の一流の専門家が顔を揃えて、一冊の論集を作成したことはこれまでなく、刊行後の反響が期待される。筆者は編者として執筆者の問題意識を統一し、論集としての一体性を出すために腐心した。結果、本書は19世紀の東北アジアにおける露清両帝国を中心とした国境の形成と、国境を越えて展開する経済、軍事などの様々な問題を考察することになった。また前近代を扱った杉山論文、東南アジアとの比較を行った桃木論文を加えることにより、時期的にも地域的にも幅広く訴えかける内容となっている。国境の存在とそれを超える動きの両方に着目する本書は、スラブ研究センターが提唱している「跨境史」という、新たなトランスボーダー・ヒストリーのひな型になるものと思われる。 一方、個人の研究としては、ロシア極東と外部との経済関係を明らかにするために、穀物と茶に焦点を当てて、物流の研究を行った。このうち穀物については、年度初めのウラジオストクにおける国際学会で、茶については2月にソウル大学で開かれたソウル大学とスラブ研究センターの合同シンポジウムで、報告を行った。ウラジオストクでの報告の要点は「1.中国東北地方からロシア極東への穀物流入には、ロシア極東での軍兵站部の穀物買付け政策が大きく影響していた。2.地域内の産業構造の違いのため、ロシア極東内でもその穀物流入を禁止しようとする向きと、容認しようとする向きがあった」ということである。ソウル大学での報告の要点は「1.露中貿易におけるキャフタの独占が崩れたとされる19世紀後半においても、キャフタを経由して大量の中国茶がロシアに輸入されていた。2.ただしその間に、キャフタは露中貿易から露蒙貿易の中心地へと性格を変えた。3.海路による中国からロシアへの茶の輸送については、イギリス帝国の経済活動が大きな影響を与えていた」ということである。これらの点は、これまでの先行研究において見過ごされがちであった。穀物と茶の研究を通じて、筆者はロシア極東の経済発展と、外部とのつながりの関係を明らかにできたと考えている。またこれらの研究成果の一部は、上述の編著に掲載予定の拙稿にも反映されている。
|