研究課題
本研究課題ではパイロクロア酸化物で発現する、絶対零度における巨視的縮退状態、「スピンアイス」状態において磁気配置/磁気緩和を観測しその微細機構を明らかにすることを目的としている。パイロクロア酸化物Dy2Ti207は、幾何学的理由により最近接相互作用ではスピン配置を一意に決められないフラストレーション系であり、極低温においてもスピン系の持つエントロピーの約30%が解放されないことが知られている。しかし、このスピンアイス状態において種々の実験で有限の緩和時間がこれまでに観測されており、スピン凍結と思われる状態と一見矛盾している。本研究では、まず現在査読中の論文(arXiv:0804.1413)においてスピンアイス温度よりも十分高温で、47Ti同位体濃縮単結晶試料を用いた47Ti核四重極共鳴(NQR)実験を行い、緩和時間とNQR周波数の温度変化を議論した。低温高磁場の47Ti核磁気共鳴(NMR)スペクトルから、超微細構造はほぼDyからの双極子磁場であることがわかり、このことを用いてNQRの詳細な解析を行った。大きなNQR周波数の温度変化は主に結晶場による電場勾配の変調のせいであるが、Dy間の電気四重極相互作用を考えるとよりうまく説明できることがわかった。また、NQR緩和時間の温度変化は熱励起型に近い振る舞いをするが、スピンの相互反転の確率を相互作用から計算することによりNQR緩和時間を定量的に説明した。これらの結果は今後スピンアイス状態のNQR実験結果を考えるのに非常に重要な道筋を示している。次に、3He冷凍機を用いて0.3Kまでのスピンアイス状態における47Ti-NQR実験と170同位体濃縮単結晶試料を用いたゼロ磁場NMR実験を行った。どちらのスペクトラムも広がっており、スピンアイス状態の乱雑な内部磁場を反映している。これらのスペクトラムはモンテカルロ計算のスピン配置から計算された核の位置での双極子磁場のヒストグラムによって説明できた。緩和時間は、どちらも0.5Kを境に温度依存性が変化した。0.5K以上の温度域では熱励起型であり、おそらく欠陥伝播によるゆらぎであると思われる。しかし、0.5K以下では緩和時間は弱い温度依存性を示し、熱励起を必要としない量子ゆらぎによる機構の存在を強く示唆している(学会発表1)。今後、この緩和機構の微視的な解析を行う予定である。また、フラストレーション系における圧力効果を調べる為に、未だ実用化されていない超高圧(>4GPa)NMR実験装置の開発を行っている。15トン程度用の小型の対向アンビルを用いて大きい体積(5mm3)に8GPaの発生に成功している(学会発表2)。
すべて 2008 2007
すべて 雑誌論文 (1件) (うち査読あり 1件) 学会発表 (2件)
米Physical Review B誌 77
ページ: 054429-1-13