本年度において研究代表者は、計画のとおり「ファウスト伝説」および「ファウスト民衆本」に関する研究をおこない、その成果は博士論文「ファウスト伝説-近代における『魔法使い』像の形成と変容」で発表した。 研究代表者は伝説(=本当にあった話として語られる伝承)が形成される過程や、それが人びとに与える影響などを調査するためドイツへ渡航し、ゲッティンゲン、マールブルク、クニットリンゲンなどで「ファウスト伝説」に関する資料収集に努め、その分析をおこなった。そしてそのテクストにおいて、近代初期に活躍していた魔術師や占い師たちが「魔法使い」としてステレオタイプ化され、伝承されていたことを確認した。 さらに、16世紀の「ファウスト伝説」および「ファウスト民衆本」がもっぱら「本当にあった話」として演出されていることに着目し、そうした話が生まれた背景には、「本当にあった話」を用いて人びとを教化しようとする教会伝統やマルティン・ルターらの思想があったことを挙げている。これに加えて、「ファウスト伝説」には、その担い手となった人びとの社会意識が反映されていること、その醸成には古代から継承された悪魔観の継承が欠かせなかったことなどについても考察している。 また本年度は、従来ほとんど省みられてこなかった、19-20世紀に収集された「ファウスト伝説」についても研究をおこなった。その資料は主にゲッティンゲンの文化人類学/ヨーロッパ人類学研究所およびマールブルクのドイツ民間伝承中央資料館で収集したが、伝説が語られた地域も訪問し、フィールドワークをおこなっている。 次年度は、博士論文執筆によって獲得された知識を用いつつ、伝説の背景にあった近代初期の世界観に関する研究を拡大し、その成果を学会発表、研究論文執筆、一般書の出版などによって積極的に公表していきたい。
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