研究の目的およびその背景 チロシンホスファターゼSHP-2は細胞増殖に関与するRas-MAPK経路を正に制御することが知られており、その機能獲得型変異は白血病に代表される癌の発症リスクを増大させることが報告されている。本研究は、質量分析法を用いたプロテオミクス解析によりSHP-2の新規基質分子を網羅的に同定し、SHP-2によるRas-MAPK経路活性化機構を明らかにすることで、細胞癌化プロセスにおけるSHP-2の役割を解明することを目的としている。昨年度、当研究室では外科切除肝癌症例の癌部組織からSHP-2の触媒ドメインを構成するスレオニン507におけるリシンへの点突然変異の同定に成功している。T507K SHP-2変異体は、既知の変異体とは異なり、NIH3T3細胞に悪性形質転換を惹起する生物活性を持つことから、SHP-2下流シグナルの脱制御が起点となる細胞癌化分子メカニズムを解明するうえでT507K変異体の機能解析は急務であると考えられた。 本年度における研究成果 今年度、私は、野生型SHP-2との比較解析を行い、T507K変異がホスファターゼ活性の亢進に止まらず、基質認識機構にも影響を及ぼし、その基質特異性に変化を引き起こすことを明らかにした。そこで、T507K SHP-2により特異的に脱リン酸化される基質タンパク質が悪性形質転換における責任分子であると考え、T507K SHP-2を用いた基質トラップアッセイを試行した。分子量約350kDa〜60kDaの細胞内タンパク質を対象に解析を行った結果、T507K SHP-2に特異的な複数の基質候補分子を見出した。また、T507K SHP-2安定発現NIH3T3細胞を用いた解析においても、野生型NIH3T3細胞と比較してチロシンリン酸化の低下が認められるタンパク質群を検出しており、現在、一連の基質候補分子の同定を目指して質量分析法を用いたプロテオミクス解析を行っている。
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