精神分析および文化学、メディア論の立場から、漢字が中国大陸から朝鮮半島を経由して日本に伝わり受容される過程を1次資料と2次文献に基づき分析したうえで、アルファベット文字の機能を参照し、日本語における漢字の機能の特徴を明確化することに取り組んでいる。 日本における漢字受容方法を4つの原理として抽出し、精神分析の言語観と日本語の分析を比較する土台を整備した。1.借音、借訓(中国では仮借):漢字の音による外国語の固有名詞および概念の音節表現、音写。2.変体漢文、俗漢文(朝鮮半島で出現):漢語の語順から日本語の語順への並べ替え。3.宣命体、正訓字に対する万葉仮名および片仮名・平仮名(朝鮮半島で出現、吏読):漢語にはない日本語の文法的語(付属語)の補足。4.訓読みと音読みの2重化された漢字の読み方。 ソシュールの言語理論によれば、一つの語の意味は、関係する他の全ての語の意味と違う、という否定的な差異によって定義される。その一方、日本語では音読みと訓読みが補足しあうことで、一語の意味が二種の読み方の間で循環することが原理的に可能となっている。本研究では、精神分析の言語観から逸脱する目本語の特徴を、漢字の読みの点から提示した。 音節文字である片仮名と平仮名が成立し、10世紀に確立されたとき、原理的には全ての日本語の音節を仮名のみで表記することが可能となった。しかし、実際に日本語から漢字が排除されることは一度もなかった。その原因を、翻訳不可能な外来語の存在(そもそもサンスクリット語「Bodhi」の漢語における音訳であった仏教用語「菩提」など)、およびフェティッシュとしての漢字への幻想という二側面から分析した。
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