本研究の目的は、神聖ローマ皇帝ルドルフ二世の帝国統治理念が、政治的権力としてどのように実効性を持っていたのかについて、明らかにすることにある。平成19年度は、主に次の二つの研究を進めた。1.キリスト教やユダヤ教を絡めた宗教観を提示し、ルドルフの帝国理念の理論的枠組を完成させる。2.プラハ宮廷の芸術作品を媒介としたルドルフの帝国理念の思想的影響を個別に実証する。 1.については、ルドルフと思想的方向性を等しくしていたとされる、聴罪司祭ピストリウス編集の『カバラの術』(チェコ国立図書館蔵)の調査により、ルドルフの宗教観が、地上界・惑星および新プラトン主義的神話世界・天使界ユダヤ教およびキリスト教の神の領域の調和を図ることによって、宗教・宗派の枠組を越えようとするものだという説を提示した。その成果が、表象文化論学会における口頭発表である。さらに、これを発展させる形で、ルドルフの宗教観と帝国理念との関係を述べ、それを表象する作品を具体的に検討し、東京大学の『超域文化科学紀要』に投稿した。この成果により、ルドルフの帝国理念の理論的枠組の完成という目的は、ほぼ達成されたと思われる。 2.については、チェコ国立科学アカデミー美術史研究所のコネチニー博士の指導の下、プラハ宮廷の主要メンバーであるモーナウ編集の『象徴集』に見られる貴族の詩およびルドルフの注文によって描かれた寓意画や、それを取り入れた芸術作品を検討した。これにより、当時のプラハ宮廷では、16世紀初頭からの寓意画の伝統が受け継がれつつも、皇帝を讃美する思想が付与されており、寓意画や芸術作品は、その思想を強化する役割を果たしていたのだという結論を得られた。その成果は、同研究所の紀要『ストゥディア・ルドルフィーナ』の論文として掲載された。また、この論文は、ルドルフの理念の実効性についての研究を本年度本格的に進めるための重要な手法的・理論的土台となる。
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