平成19年度は、アムールヒョウの糞試料に対する個体識別方法の確立にまず取り組んだ。イエネコで開発されたマイクロサテライトマーカーの中から、多型があり、明瞭な遺伝子型データを生成する遺伝子座を選択し、アムールヒョウの糞試料に対して遺伝子型の決定を行なった。2000年から2003年にかけての三度の冬季に採集されたアムールヒョウの試料126個のうち、79個で遺伝子型の決定が成功し、25頭(14オス、11メス)の個体を識別することに成功した。同一個体の試料の重複から、標識再捕法を用いて個体群サイズを推定したところ、2002-03の冬季の試料から19-38頭と推定され、過去に発表されたカメラトラップでの推定値と類似した結果となった。また、識別した個体の分布から、行動範囲を明らかにすることができ、アムールヒョウがとくに集中して利用している地域を特定することができた。識別個体の遺伝的多様性を、核及びミトコンドリアDNAから調べたところ、アムールヒョウの遺伝的多様性が極めて低いことを示した先行研究と同等か、或いはさらに低い多様性であることが示唆された。 以上得られた結果はいずれも、アムールヒョウの野生個体群が現在危機的な状況であることを示しており、早急に何らかの保全対策をとる必要がある。本研究では、動物園個体の野生への再導入を一つの保全対策として提示した。 本研究で得られた結果は、従来の生態調査では決して明らかにできないものであり、糞などの非侵襲的遺伝的試料が、絶滅危惧動物の調査研究にとって極めて有効であることを示すことができた。今後は新たに採集した試料を分析し、2000年以降、野生個体群が遺伝的及び生態的にどのように変化したのかを調べたい。また、サンプリングをロシア国境沿いの中国国内にも広げ、中国国内におけるアムールヒョウの現状を明らかにしたい。
|