本研究の主要素材であるポドコーパ目貝形虫に関して、筋肉痕の形成過程を電子顕微鏡(SEM・TEM)を用いて詳細に追跡した。脱皮の準備段階に入り、新しいクチクラの沈着を開始すると、張線維は伸長して新しいクチクラを貫通する。それにより表皮細胞と古いクチクラの接合は維持されるが、脱皮直前に有機質基質の結合構造が新しいクチクラ内部に構築されるのとほぼ同時期に、張線維は上クチクラ形成によって切断され、古いクチクラとの接合を解除することがわかった。以上の結果から、脱皮前における有機質基質の結合構造の構築は、石灰化が進行中の背甲クチクラにも筋収縮の力を効果的に伝えることを可能にする一方で、有機質基質を原クチクラ基底部に集中させてしまうことにより、石灰化の進行を妨げている可能性が示唆される。また、筋肉痕内部に観察される粗粒な方解石結晶の析出は、有機質基質の結合構造を伴った筋肉付着領域と、その周囲との原クチクラが含有する有機質基質量の違いに理由を求めることができることを証明した。また、Xestoleberis科に属する貝形虫に認められるXestoleberis-spotの形成過程を解明することに成功した。X.-spotは脱皮後の形成途中において、その腔内に存在する原形質が、小胞を介して大量の有機質を背甲クチクラ内に分泌する様子が観察された。この分泌物は、背甲クチクラ全領域に行き渡り、背甲形成が完了した状態でなお、クチクラ層内に残留していることが確認されている。さらに、この分泌された有機質が、背甲クチクラ内に発達する有機質基質格子の線維を構築している様子も確認され、X.-spotはクチクラ層の有機質基質格子の材料を分泌する器官であることが証明された。これらの背甲構造の特徴はXestoleberis科にしか確認されないことから、X.-spotは本科特有の背甲構造構築という機能を担っている分泌器官(の痕跡)であると考えられる。
|