強相関電子系における電荷・スピン・軌道結合は、これまでにも多数の実験的・理論的な報告があるが、系の持つ多様な自由度が複雑に相関しあう事から、その全貌の解明には至っていない。本研究では、特に「軌道自由度」を有する遷移金属酸化物に注目し、磁性・誘電性・結晶構造の相関に「軌道自由度」がどの様な役割を果たしているのかを明らかにすることを目的としている。そのための研究対象として、軌道自由度を有するスピネル型酸化物Mn3O4の単結晶試料をフローティングゾーン法によって作成し、誘電率及び歪を磁場下において測定した。その結果、磁性転移温度以下において大きな誘電率磁場依存性(〜4%)が観測され、またその磁場依存性は磁場の印加方向に対して異方的であることが明らかになった。また、焦電流測定の結果からは、大きな誘電率磁場依存性が強誘電分極の発現によるものではないことが示唆された。同様の異方的な磁場依存性は歪測定においても観測されている。これらの結果は、「(1)磁場を印加することによりスピンがその方向に傾く。(2)スピンが傾いた事によりsingle ion spin anisotropyを利得するため軌道整列が起こる。(3)軌道整列に伴い軌道の形が異方的なった事を反映し、誘電率・格子歪も異方的となる。」と解釈することができた。この結果は、近年精力的に研究されているマルチフェエロイクス(強誘電性と磁気秩序の共存)による誘電率の巨大磁場応答とは異なるメカニズムによるものであり、磁性誘電体における「軌道自由度」の役割を明らかにした点で重要であると考えられる。
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