沖縄島のコキクガシラコウモリで見られた超音波音声の周波数に関する地域間変異は、北部と南部の集団間では遺伝子流動が十分であるにもかかわちず維持されている。本研究は、この変異が、どのような要因で維持されているのかを明らかにすることを目的とする。仮説として、自然選択仮説と母子伝播仮説を挙げ、これまでに以下の研究成果を得た。 野外調査を精力的に行い、遺伝子解析に必要な数のサンプル数を得た。新たに得た中部の集団のデータを加えて複数の遺伝子マーカーによる集団遺伝学的解析を行った結果、従来の傾向と一致し、周波数変異は、島内中部地域を境にして、遺伝子流動のある側所的な集団間で維持されているが、雌の移動分散は南北間で極めて低いことが確認された。 周波数変異がどの程度の生態的違いを生じるのかを検証すべく、理論計算を遂行した結果、北南間の変異は、認識できる餌のサイズなどに違いが生じるほど大きな差異ではないことが予測された。つまり、自然選択仮説(強い自然選択圧が働いて南北間の変異が維持されている可能性)は、支持されない結果が得られた。 一方、個体間の血縁度が高くなるほど、周波数の類似性が高くなる傾向が見られた。これは、周波数は母から子へと伝わり、雌が移動しないことで変異が維持されるという、母子伝播仮説を支持する結果である。ただし、今後は遺伝子座数、及びサンプル数を増やし、より精度の高い個体間血縁度の推定が必要である。 以上のこれまでの成果から、本研究は、小翼手類の音声変異の研究において実証が困難であった母子伝播の重要性を野外で証明することができる研究であることが確認され、今後さらに研究を展開していくことで、コミュニケーションシグナルの変異に関する研究に新たな要因(シグナルの文化伝搬など)が関与していることを示唆する意義のある成果となるだろう。
|