本研究は、視覚システムの時空間統合特性の基盤となる神経メカニズムを明らかにすることを目的とし、神経メカニズムを知るための第一段階として、回路素子としての細胞の役割を考察した。 初期視覚野である一次視覚野(V1)と形態視情報処理の最終段にある下側頭皮質(TE)という情報処理のステージの異なる領野の神経細胞の電気生理学的特性を比較検討した。成ニホンサルから脳ブロックを取り出しスライス標本を作成し、V1及びTEの3層錐体細胞よりホールセル記録をおこなった。 脱分極性通電によって生じる発火パターン、過分極性通電によって生じる過分極応答を解析した電流通電に対する電位応答を調べた結果、以下のことが明らかになった。1)入力抵抗はV1細胞のほうが、TE細胞より大きかった。2)膜の時定数は、V1細胞のほうがTE細胞より短かった。3)過分極性通電に対する内向き整流性は、V1細胞のほうがTE細胞より大きかった。4)矩形波状の脱分極性通電に対する瞬間発火頻度の時間減衰(spike frequency adaptation)の程度は、V1細胞のほうがTE細胞より大きく、減衰の時定数は、V1細胞のほうがTE細胞より小さかった。5)脱分極性通電に対する最大発火頻度はV1細胞がTE細胞より大きかった。6)活動電位の幅(活動電位の陽性成分の幅)は、V1細胞のほうがTE細胞より狭かった。 これらの結果は、Vlの3層錐体細胞は時間分解能が高く、また高い時間周波数の入力に応答するのに適しているのに対し、TEの3層錐体細胞は、時間的に幅をもつ入力を統合するのにより適していることを示唆する。
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