2008年度は予定通り、三次資料の読み込みを基に研究計画を発展させ、その成果の一部を発表することを主眼に置いた。東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻の学術雑誌『年報地域文化研究』第12号に掲載を許可された論文はその具体例である。ビルヒリオ・ピニェーラの小説『圧力とダイヤモンド』を「デイストピア性」というキータームを軸に論じた本稿は、文学テクストを具体的歴史状況に照らして分析するという研究意図を実現しつつ、先行研究において欠如していた新鮮な論点が見える点を高く評価されまたレイナルド・アレナスの小説『襲撃』における同様の特徴を論じた私の過去の論文と相神的な形で両者の文学的類縁性を明らかにした点でも、本研究の予想以上の進展を示すきわめて重要な成果であった。「デイストピア性」という概念は研究計画における出発点の一つであった「自己転覆性」という概念と結びつくものであるが、同様にレサマニリマとの比較、あるいは「分裂症的横断」という他の論点についても様々な形で有益な論の発展を見ることができた。 2009年3月に実施したスペインの研究旅行では、ピニエーラ研究の第一人者であるMercedes Serna氏と面会しそれまで入手が困難であった希少な資料の提供および有益な助言を得た。同様に現代キューバ研究において最重要な雑誌Encuentro de la Cultura Cubanaの編集長Luis Manuel Garcia氏、ならびにキューバ文学関連書に強い出版社Verbumの主催者であるPio Serrano氏といった重要な人物と面会を許され。多数の資料提供を受けたことも、特別研究員制度が与える経済的支援及び学術的信用の帰結した研究活動の成果として特筆されるべきものである。 その他の活動としては、数多くの読書会や研究会に出席してキューバ文学の精読と研究発表を精力的に行った。上記の論文もこのうちの一つでの口頭発表に基づいて執筆されるなど、これらの活動も研究成果に直結する有意義なものであった。
|