現代エジプトではとくに1970年代以降、新たにヴェールをまとうムスリム女性の数が急増している。本研究はこの現象の背景や理由を考察するものである。 こうした動きは先行研究において、もっぱら世俗的(政治的、社会的、経済的)理由によって語られてきた。しかし、多くの女性が自らの行為を「ムスリムだからヴェールをまとった」「神のためにまとった」と説明していることから、報告者は、イスラームあるいは宗教的な枠組みによる考察も必要であると考えた。そこで報告者はこれまで、主に宗教パンフレットや説教などを通して男性知識人が発信してきた「ヴェールに関する宗教言説」を分析することで、ヴェール着用の背後にある論理や思想を明らかにしようと試みてきた。これに対し、本研究は、女性たち自身の声を分析の対象にするものである。 本年度は、新たにヴェールをまとい始めた最初の世代に属し、先駆的な女性イスラーム主義者として知られるザイナブ・アル=ガザーリー(1917-2005)の声を一つの事例として取り上げた。具体的には、アル=ガザーリーがヴェールをまとった経緯や、ヴエールに関する彼女の知識や思想について、時代背景や当時の議論の展開を考慮しつつ分析した。その結果、以下の点が明らかになった。 ・20世紀初頭、女性のヴェール着用の是非が男女の知識人によって議論されるようになると、結果として、ムスリム女性がヴェールをまとうべき理由を説く宗教言説が形づくられ、それはしだいに精緻化されていった。 ・アル=ガザーリーにとって、そうした言説に触れたことは、ヴェール着用を決意した理由の一つであった。しかし、さらに強力で直接的なきっかけは、神との交流とも呼ぴうる「奇跡」体験(重度の火傷がある日突如として治癒した)であった。 アル=ガザーリーの事例は、近年ヴェールを手に取った女性たちにも通じるものである。以上の考察を通して、本研究では、ヴェール着用者増加現象について「信仰」との関わりという新たな視点を提供した。
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