昨年度までの研究によって、私は、腎間葉系遺伝子を同定するために、胎生期腎臓の間葉系細胞の遺伝子発現プロファイリングを行った。次に、その中から重要遺伝子を選ぶために、得られた腎間葉系遺伝子のスクリーニングを行った。本年度では、昨年度までのスクリーニングによって選定された遺伝子、TBR2に関してノックアウトマウスを作製し、その表現型を解析した。 腎臓において、糸球体上皮細胞(podocyte)特異的に発現している遺伝子TRB2に特に注目した。Notch遺伝子は糸球体発生に必須な遺伝子であるが、invitroの実験によって、その下流遺伝子としてTRB2が報告されている。そこで、TRB2のノックアウトマウスを作製することにした。TRB2のノックアウトは、TRB2の遺伝子座にLacZ遺伝子をノックインする方法で行った。TRB2のマウス全身での発現パターンを解析するために、作製したTRB2-LacZヘテロマウス(wt/lacZ)の胎児をLacZ染色したところ、TRB2は腎糸球体の他、中腎、精巣、血管内皮、心筋、骨細胞、網膜細胞、後根神経節、に発現していることがわかった。この発現パターンはNotch遺伝子の発現パターンと非常に重なっており、Nocth遺伝子の下流であることがin vivoでも示唆された。 次に、両親がヘテロの場合のノックアウト(-/-)の子供の割合(生存率)を調べた。その結果、57匹中16匹(約28%)がノックアウトマウスであることを確認した。これはメンデルの法則に従っており、胎生致死の表現型がないことを意味する。次に、ノックアウトマウスの発生期の督臓を組織切片により観察したところ、糸球体の存在を確認した。また、生後4週齢のノックアウトマウスの尿を検査したが、野生型と比較して差は見られなかったことから、腎機能に顕著な差は無いことが分かった。次に、TRB2の発現している中腎、精巣、血管内皮、心筋、骨細胞、網膜細胞、後根神経節に関して、ノックアウトマウスでその形成に異常があるかを観察したところ、形成に関しては明らかな異常は観察されなかった。以上より、TRB2はマウス腎臓において糸球体の上皮細胞に特異的に発現しているものの、糸球体の形成やその機能に必須ではないことが示唆された。TRB2はNotch遺伝子の下流遺伝子の可能性があるが、糸球体形成時に働くNotchシグナルにおいて、TRB2は重要な役割を持っていないことが示唆された。TRB遺伝子のファミリーはTRB2の他にTRB1と3が存在するが、TRB1は腎臓に弱く発現していることが分かった。TRB2のノックアウトマウスにおいて、TRB1が糸球体の形成にリダンダントに機能している可能性もある。
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