研究概要 |
英国初期印刷業者ジョン・ラステルが執筆・出版を手がけた年代記The Pastyme of People(1529-30)を中心に、チューダー朝初期年代記の視覚要素(挿絵・レイアウト)の研究を進めた。ラステルの年代記に特徴的な視覚要素と影響関係の可能性のある資料を取り扱う準備として、年代記の形態と機能の問題をより仔細に考察するための数種の基礎調査(原本についてのデータ収集のための海外出張調査を含む)を進めた。基礎調査から得られたデータを用いて、(1)ジョン・ラステルというチューダー朝初期の人文主義者一個人の思想傾向の問題と、(2)ラステルを含むチューダー朝初期の知的階層の人々が「歴史」を時間と空間のどのような軸で以って再構築していたのかという両見地に立って、歴史叙述の編成・視覚化の手法の解明へ向けての考察を行い、成果をまとめた。具体的な成果発表は、2007年度受理された学術論文は二本(『藝文研究』及びJournal of the Early Book Society,略称JEBS)、関連の研究発表も一本(藝文学会)行った。ラステルの年代記と16世紀に大陸で印刷された人文主義者の歴史書、さらに15世紀に英国内で人気を博した写本(巻子本)年代記との直接の関連の有無、さらに三者に共通して見られる'genealogy'(「血統図」)としての形態の特徴について考察した論文(JEBS,2008年6月刊行予定)は、歴史叙述における視覚要素利用の中世以来の伝統が印刷文化の時代にどのように受容・変容されたかという比較的新しい研究領域を扱い、問題提起をした点に意義が認められる。具体的な一次資料調査結果を、文学・歴史・書物文化史の領域横断的視点から分析する手法が、歴史書の形態と機能に関する諸問題の検討に有用であることを示したと言えよう。
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