研究概要 |
英国チューダー朝初期の年代記乃The Pastyme of People(1529-30)を中心に、年代記・歴史書中の視覚要素(挿絵およびレイアウト)についての資料調査と、その分析的研究を行っている。The Pastyme of Peopleは、チューダー朝初期の人文主義者ジョン・ラステルが編纂し、印刷も手がけた書物である。平成19年度に引き続き20年度も、このような年代記の形態と機能の問題を仔細に分析するための数種の基礎調査(データ収集のための出張調査を含む)を進めた。当時の印刷本としては珍しい、豊富な挿絵・レイアウト等の視覚的要素と作者の歴史編纂手法の問題を、論文'The Narrative Functions of John Rastell's Printing:The Pastyme of People and Early Tudor"Genealogical"Issues'に昨年度まとめたが、今年度上半期は関連の印刷本および写本を確認し、追認・追加調査を行った。作業を通じて加筆修正した同論文は、2008年6月、中世から近代初期の書物文化史を専門とする国際雑誌Journal of the Early Book Society,略称JEBS)に掲載された。中世以来の伝統を持つ'genealogy'(「系図・血統図」)という視覚的な歴史叙述の一形態が、新たにラステルという人文主義者によって利用された事実を検証する初の試みとなった。印刷本における視覚要素のデータ収集、さらに写本との比較調査を推進するとともに、2008年5月に『妖精の女王』を取り上げた研究発表(日本英文学会にて報告)以降は、スペンサーのような英国ルネサンスの代表的詩人も英王室のgenealogy-つまり血統・系譜に関心を寄せたことに注目し、考察を進めている。王室の血統の表象という歴史編纂上の問題が中世から近代初期にかけて長くわたることを確認し、さらなる研究の可能性として幅広い文脈を探る必要も認めることとなった。
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