本年度は、昨年度から蓄積してきたタルグムとミドラシュの並行箇所についての分析データをもとに、論文をまとめていった。まず、タルグム分析の方法論の検証として、ユダヤ学のタルグムへの視点の問題点を論じた上で、従来タルグムがラビ・ユダヤ教聖書解釈から援用したと想定されている個所を取り上げ(創世記50:1他)、そこにタルグム独自の視点が働いていることを指摘した。そして、タルグムの独自性の評価の基準を提案した。これは、論文集『宗教史とは何か』に掲載予定である。また、これまでの分析結果から、タルグム独自の解釈が特に祭司に関わる事項においてみられることに着目し、それについてのデータを集積し、著書として刊行すべく準備中である。本書は、並行記事の扱い方の問題を超えて、未だ解明されないタルグムが生まれた歴史的環境についての重要な示唆を提示するものである。つまり、従来、ラビ・ユダヤ教のただ中でラビたちの聖書解釈に付随してタルグム制度が生まれたと考える定説に対して、シナゴーグや学校で重要な地位を占めており、また祭司階級の血をひく、ソフェル(書記、教師、Scribe)とタルグムが関係していたことを示唆する。また、上記の邦語論文で例として取り上げた事例のより詳細な分析結果を、英語論文として発表すべく、最終校正段階に入っている。さらに、ラビ文献でのTRGMを語根とする単語の用法・語感を包括的に分析し、タルグム制度へのラビの態度を明らかにした「ラビ文献におけるタルグムの用法」と題する論文も、最終校正を経て、タルグムの専門誌に投稿予定である。20年度中に、掲載決定した論文は1本であるが、英語での著書、投稿予定の論文は数本ほぼ完成させることができた。また、本研究に付随して、ユダヤ教文献の中に様々な人間分類用語が登場し、差別的と思われる分類に対しても、必ずしも差別とひとくくりにはできない配慮がされている場合が見受けられることが明らかになってきた。ラビ・ユダヤ教の人間観に関わる問題点であるが、タルグムを含め文献毎の分類意識についての違いを研究会で発表した。
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