研究課題
平成8年度の現地調査の主体は、シリア北東部ハブール川中流域に所在するテル・ウンム・クセイール遺跡の発掘調査と、その周辺の環境科学的調査であった。テル・ウンム・クセイール遺跡は水没予定地区内のハッサケ市南東13km、ハブール川左岸に位置する小さな遺丘である。この遺跡は1986年にアメリカ・イェール大学の調査団により小規模な発掘調査が実施され、ハラフ期、ウルク期、前3千年紀の文化層をもつ遺跡として報告されている。水没予定地区を含めてハッサケ市より南のハブール川流域ではハラフ期以前のテル型遺跡が発見されていないため、この地域の定住化の鍵を握る遺跡として注目されたが、イェール大学隊は同遺跡の調査を継続せず他の遺跡へ移ってしまった。同遺跡の発掘調査は1996年8月半ばより同10月初旬にかけて行った。発掘調査とともに、同遺跡を中心とした地質学・地形学的調査、植物生態学調査なども実施している。調査の結果、ハブール川沖積土の地山上にハラフ中期の集落が存在していたこと、ウルク期では貯蔵用ピットやサイロが遺跡の主体となっており厚い洪水層に覆われていたこと、上層の文化層は前3千年紀ではなく前14世紀のミタンニ時代に属する集落であったことなどの知見が得られた。特に調査の主目的であったハラフ期層では、墓地や貯蔵穴、土器焼成窯、トロス型住居などで構成された集落が重層的に発見され、そこはイェール大学の調査団が主張したような季節的集落ではなく確固とした定住集落であった可能性が極めて高いことが判明した。また同遺跡は南流するハプール川が大きく湾曲する攻撃斜面のすぐ隣に位置し、そこは現在の渡河地点となっている。ウンム・クセイール遺跡の形成と発達は、この地理的位置およびハブール川の氾濫と密接に関連していたものと考えられよう。
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