研究分担者 |
掘 賀貴 山口大学, 工学部, 講師 (20294655)
坂井 聰 (財)古代学協会, 古代学研究所, 講師 (20215586)
平田 隆一 東北大学, 大学院・国際文化研究科, 教授 (00048779)
丹羽 佑一 香川大学, 経済学部, 教授 (50140471)
浅香 正 (財)古代学協会, 古代学研究所, 教授 (70066059)
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研究概要 |
調査隊は当研究計画に基づき、平成9年9月から同10年2月にかけて,イタリア・ポンペイ遺跡を中心に現地調査を実施した。概要は以下の通りである。 1)ポンペイ遺跡を取り囲む城壁北端部分の,いわゆる『カプア門』所在地付近で検出された防御施設としての塔内部で,ポンペイ遺跡の埋没した西暦79年の床面下層の発掘調査を行った。その結果,現行の構築物に先行する時期に属するものと見られる壁体が検出された。また塔背後の地面を掘り下げた結果,昨年まで道路跡と考えられていた遺構は排水機能に関連した暗渠である可能性が高くなった。しかし遺構を破壊せずにそれ以上の発掘を継続することができなかったので,その用途は不明である。 2)塔の西方約30mの地点で,乱石積みから切石積みへと城壁構築技法が変わる部分を掘り下げ,この部分における城壁建築の変遷を調査した。その結果,一番古い段階として軟質凝灰岩(俗称パッパモンテ)と呼ばれる石材で造られた城壁,石灰岩切石で造られた城壁,現在の切石積み城壁,溶岩の乱石積みによる城壁と,数次の変化を経て今日見る形態の城壁が形成されてきた過程が明らかになってきた。 3)塔の東側約15mの地点で,切石積みの城壁を掘り下げた結果,総計12段の石列が検出された。上から3段は凝灰岩,それより下段は石灰岩の切石で建設されており,上から7段目の下面が城壁構築時の地面であることが判明した。城壁の基礎は建築当時の地表面を深く掘り込んで造られており,79年以前の噴火により堆積した火山灰層に到達していた。この灰層の下層から,青銅器時代のものと思われる土器片が出土した。 4)発掘調査地区東部の未発掘地点において,『カプア門』の所在を確認するための調査を行ったが,城門の痕跡は検出されなかった。この調査により『カプア門』は存在しないことが最終的に確認された。 次年度は未調査の部分をひき続き調査する予定である。
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