本研究では、俳句の中に詠み込まれた音環境を、林の数量化理論第3類を用いて統計的に分析することで、日本のサウンドスケープが時代の流れの中でどのような変化をしてきたのかを検討した。日本におけるサウンドスケープの変化は、江戸時代から昭和にかけては緩やかであったのに対し、ここ十数年の変化は急激であり、その変遷の内容は、自然空間のサウンドスケープから人間の生活音によるサウンドスケープへというものであった。日本の音文化には、音を季節の象徴として敏感に読みとり、そこから情緒を感じるというものがあったが、俳句の中に詠み込まれた音環境の時代変遷をよみ解くことにより、そのような文化が廃れていきつつあることが示された。このようなサウンドスケープの変化は、音と音が聞かれた状況の関係が変化したことによるものではない。多く詠まれる音と音を取り巻く状況が時代によって異なるからである。しかし、例外的に、「交通」に関わる音は、その音が多く聞かれた地域が時代によって異なり、「町」で多く詠み込まれた音は、時代によってかなり違うという傾向がみられた。急激な音環境の変化がおこりつつある現在、日本の音文化を守るためには、早急な対策が望まれよう。ただし、ここでいう対策とは、単にサウンドスケープの保全を考えることのみをさすのではない。環境教育の一環として、音に対する感受性を養うといった試みも含むのである。このような観点から、最近各地で試みられつつある音環境に対する啓蒙活動は、意義深いものと思われる。また、時代の流れに関わらず、同じような文脈で感じとられ続けてきた、社寺仏閣にまつわるサウンドスケープの保全の問題も忘れてはならない。特に、都市計画や住宅生活等を考えるとき、社寺空間の位置付けを十分に吟味しておく必要があろう。
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