天体X線解析の基礎となるプラズマ放射モデルについて、衝突電離プラズマにおける素過程の研究および不確定要因の定量的評価を行った。不確定性の原因については既に95年度の研究で明らかにされたので、96年度は、スペクトル解析への影響を定量的に調べることを目的とした。このため、高エネルギー分解能で観測された太陽フレアデータを実際に解析し、電子温度など、解析の結果得られる物理量に対する不確定性の伝播を調べた。この結果、次のようなことが明らかになった。 結晶を用いた分散型分光で実現されるような、E/dE>1000の高エネルギー分解能では、二電子性再結合の不確定性が直接的に電子温度の不確定性に現れるものの、逆にそれを考慮した解析が可能になるため元素量などの二次的な物理量への影響をむしろ抑えることができる。一方、宇宙X線観測衛星ASCAで実現されたE/dE〜20の中間エネルギー分解能では、鉄のL殻遷移が他の元素のK殻遷移とブレンドするため電子温度の不確定性と元素量を分解することが困難になる。この結果、解析によって得られる元素量が放射モデル(二電子性再結合)に依存することになり、実際、ASCAで観測された銀河団プラズマを複数の放射モデルコードで解析したところ、得られる電子温度と鉄の元素量の間に相関が見られることが確かめられた。これらの結果をまとめた論文は既に学術雑誌に受理されており、現在印刷中である。この中で、電子温度の不確定性と元素量の解析を分離するために、電離温度を導入し電子温度と併せて2つの温度パラメタスペースで解析することを提案している。この方法は、既に著者自身によって提案された、超新星残骸の非平衡電離放射モデルと類似の概念に拠るものである。 この他、本研究ではまた、プラズマが強い輻射場の下にある場合の影響、一見光学的に薄く見えるような場合でも、どのようなプロセスが関わって理論スペクトルからずれるかを調べた。ここで考えた輻射場は、輻射輸送の影響は極めて弱く光子吸収は起きないが、原子準位の占有密度には大きく影響が現れるような場合である。具体的な対象として中性子星に降着するプラズマを考え、高階電離した鉄からの輝線放射領域のモデリングを進めた。これまでに、プラズマの力学的安定性や熱的構造について調べたが、未だ放射スペクトルの計算には至っていない。
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