本研究の目的は、レーザー場による光学応答の制御の研究を気体原子系から高密度の固体系に拡張し、研究の新しいフェーズへの端緒を切り開くことを目指すものである。対象とする物質は量子固体として知られる固体水素である。 本計画は実験面で大きく二つに分けることができる。一つは固体水素単結晶の作製であり、他方は非線形光学実験である。前者については、加圧液相成長法を開発し良質の固体水素単結晶を製作する見通しを得た。本方法で得た固体水素の単結晶は4Kでもクラック無しに維持できる良質のものである。この結果は、「4Kで光学的に良質な固体水素単結晶は液相成長では生成不可能である」という常識を覆すものである。また、ここで得た結晶の光学的均一性は現在までベストの方法とされてきた気相成長法によるものを上回るものである。本法を更に発展させサブミクロンの薄膜からバルク単結晶まで種々の形態の良質の固体水素を準備できるよう研究を進展させつつある。 後者の非線形光学実験は誘導ラマン散乱の実験に集中した。その結果は極めて驚くべきものである。反ストークス光の発生過程についての位相整合条件は、非線形光学の誕生以来信じられてきたように「物質系の屈折率分散によって決定される」ものではなく、レーザー場と物質系が全体系としての固有状態を自己組織的に発展させることにより任意性をもって成り立ち得ることが実験的に示された。現在さらに、この現象を定量的に明らかにするため、バルク単結晶を用いたcw半導体レーザーによるストークス光の注入同期、薄膜サンプルと励起光・ストークス光として独立のレーザーを用いる実験を進展させつつある。今回示した結果は固体水素が本質的に持つ非線形光学媒質・レーザー媒質としての極めて優れたポテンシャルを証明するものであり、関連分野の世界で大きな注目を集めておりすでに4種の国際会議から招待講演の依頼を受けている。
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