研究概要 |
有機分子間および有機分子内トンネル水素原子移動反応の機構を明らかにすべく,10Kから常温にわたる温度領域での水素原子引抜反応,付加反応および交換反応をESR,赤外分光法,質量分析法,および生成物分析などで調べた。その結果,以下の事実が明らかになった。 1)反応系の熱活性化の頻度が低い低温では一般にトンネル反応が優先する。 2)トンネル反応の速度は,トンネル障壁の面積およびトンネル粒子の有功質量に指数関数的に依存する。トンネル入り口と出口とで反応系の分子構造が変化する場合,トンネル速度は媒体の粘性に大きく依存する。これは粘度の高い媒体ではトンネル過程での反応系の分子変形が妨げられる結果,トンネル面積が増大することによる。 3)トンネル水素原子移動反応は宇宙化学において重要な働きをしている。トンネル水素原子移動反応は一般に引抜き反応,二重結合への付加反応,ラジカルへの付加反応の順に早くなる。低温エチレン薄膜への水素原子スプレイの場合,二重結合への水素原子付加で生じたエチルラジカルは別の水素原子をすぐに付加してしまうため,エタンとなってしまう。低温では,水素原子の二重結合への付加は温度が低くなるほど効率よくなる。これは温度が低いほど水素が二重結合に接近し易いためと考えられる。 4)カルベンやニトレンの低温での分子内水素移動に対するトンネル障壁の形状は,分子の電子配置および1重項-3重項間のエネルギー差によって大きく影響される。 5)BINAP錯体触媒による不斉水素化反応は,合成化学上極めて重要な反応であるが,この反応は,常温ではトンネル原子移動の寄与は少なく,通常の熱活性化プロセスで進行する。
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