本研究では化学的に活性な状態を持つ分子を固体パラ水素内に生成し、その分子とまわりの水素分子とのX+H_2→XH+Hの型の反応素過程のダイナミックスを高分解能レーザー分光法によって研究することをめざした。その目的は反応に及ぼすトンネル現象などの量子効果の寄与を解明することである。具体的には、固体水素に種々の反応前駆体分子を分散させ、紫外光あるいは放射線照射などで励起して活性分子を生成し、その赤外から可視領域の基底及び電子励起状態の振動・回転遷移をレーザー分光法により観測して、反応に関与する中間体や反応生成物の分子構造・電子状態などを明らかにした。その結果、ヨウ化メチルの光解離で生成するメチルラジカルが周りの水素分子と反応してメタンができる過程においては、CH_3では反応が全く進行しないのに対して、CD_3では反応してCD_3Hが生成することが明らかになった。この違いは、重水素化に伴うゼロ点振動の違いによるものと考えられる。この反応は純粋にトンネル効果のみによって起こっていると考えられるが、その背景には固体水素中では量子固体固有の水素分子の波動関数の広がりがあるという事実が大きく寄与している。今後、反応を起こさせるレーザー光のパルスに同期させて赤外領域の吸収の時間的変化を追うことにより、励起状態の寿命や反応速度など反応の動的過程の解析を試みる。その一連の解析から、量子力学固有のトンネル現象が化学反応に寄与する役割を実証的に明らかにしていく予定である。
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