シガトキシン類は南方海域で起こる食中毒シガテラの主要原因毒のひとつであり、細胞膜の電位依存性Na^+チャネルに特異的に結合してチャネルを強力に活性化する作用を有する。13個の5〜9員環エーテルが縮合した梯子状ポリエーテル構造を基本骨格とし、33個の不斉中心を有する巨大分子シガトキシンの全合成は有機合成化学の非常にチャレンジングな課題であり、詳細な作用機構の解明、微量検出法開発に必要な抗体調製のためにも化学合成による量的供給が強く望まれている。本研究では、巨大ポリエーテル分子シガトキシンの全合成およびその構造を基盤とした新しい人工活性分子の創製を目指し、その一貫としてF環部9員環エーテル構築法の開発を目的とした。 シガトキシンの分子中央部に位置するF環部不飽和9員環エーテル(オキソネン環)は遅い配座交換を起こしており、ここでの柔軟性が分子全体のNa^+チャネルとの相互作用に重要な役割を果たすと考えられる。しかし、中員環エーテル、特にオキソネン環の閉環反応はトランスアンニュラー相互作用やエントロピー的要因から極めて困難な問題であり、シガトキシン全合成における中心的課題のひとつである。そこで、エーテル結合体の構築ののちSmI_2を用いる分子内Reformatsky反応により炭素-炭素結合形成を行うことでこれらの問題点を克服し、オキソネン環を含む3環性モデル化合物の合成にはじめて成功した。合成したモデル化合物は室温におけるNMRシグナルの広幅化を与え、シガトキシンのF環部を再現した。さらに、温度可変NMRスペクトルの測定により、平衡に関与する二種類の配座異性体の構造を決定した。
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