水溶液中のDNA分子鎖の形態観察や運動性の定量的解析が、蛍光顕微鏡下で可能であることを、これまでに私達は示してきている。実際に、長鎖DNAのコイル-グロビュール転移が種々の凝縮剤によりall-or-noneの一次相転移となることを明らかにしてきた。スペルミジンなどポリカチオン、PEGなど中性高分子、ポリグルタミン酸(ポリアニオン)、コバルトなど多価金属錯体、アルコールなど低誘電率媒質、CTABなど陽イオン性界面活性剤などいずれの場合も一次相転移を引き起こす。 本年度の研究成果は、非イオン性界面活性剤であるTriton X-100、鉄(III)イオンによる一次相転移的な凝縮転移と、ポリビニルピロリドン(PVP)による分子内相分離を経るDNAの凝縮転移を見い出したことが挙げられる。分子内相分離とは、単一鎖上に複数のグロビュールとコイルが出現する現象で、新しいタイプの相転移現象である。鎖の相転移は一次であるので揺らぎの相関が有限の値に留まる。そこで鎖のサイズよりも相関長が短いときには分子内相分離現象がおこると予想され、PVP添加によって生じたDNAの分子内相分離はこのように引き起こされたことが判明した。鉄イオンによる転移では、還元剤添加による鉄の還元反応に伴い、グロビュール状のDNAがランダムコイル状に転移する現象を発見した。 高分子の硬さとファンデルワールス力を考慮した簡単なモデルで、ホモポリマーの単分子凝縮のモンテカルロ・シミュレーションを行った結果、トロイドやロッド等の構造体が自発的に生成されることを理論的に明らかにした。エネルギー比較より、ロッドは準安定状態、トロイドは熱力学的安定状態に対応し、準安定状態にある構造は速度過程の制御によって得られるナノ構造体である。 以上、本年度には実験・理論両面から、単一高分子の折り畳みによるナノ秩序構造の自己形成に関する研究が格段に発展した。
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