環境中の微量毒性物質の毒性監視システムは非常に要望されているにもかかわらず、その研究・開発は大きく立ち遅れている。筆者は重点領域研究「人間地球系」において、これまで微生物を用いた毒性計測に関する一連の研究を行ってきたが、その中で、酵母抽出液で観察されるニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NADH)の濃度振動の波形が化学物質の添加により特徴的な変化を示すことを見いだし、これをもとにした全く新しい毒性の測定方法を開発した。本研究ではこれを実用的なものとするためにまず河川水などの実試料と混合するだけで測定できるようなアッセイ試薬化を目的として実用的な測定方法を考案した。トレハロースのみを加えた酵母抽出液を96穴のマイクロプレートに分注し、それ毎凍結乾燥を行うことで試料水を添加するだけで多数の試料を同時測定できるようになった。そこで次に実際の河川水などの原液及び凍結乾燥機を用いて濃縮した試料に本測定システムを適用した。福岡県内の5つの河川および干拓地の池で採取した6種類の試料水について本法で測定したところ、1試料では振動の停止が見られ、さらに2つの試料で振動波形の変化が見られた。このように、化学物質添加により酵母解糖系の振動波形変化が見られることを明らかにし、この原理に基づく実用的な測定法を構築し、実際の河川水にも適用することができた。しかしその変化のメカニズムは不明な点が多い。そこで試料中に含まれる化学物質の種類と振動波形変化との関係をより明確にするために振動波形に影響を与える諸因子を、酵母の解糖系酵素一部欠損株を用いた振動誘発実験、解糖系の計算機シミュレーション、精製酵素を用いた解糖系の再構築の3つの研究を通じて検討した。
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