ヒトのがんの大部分は、環境中の科学物質によって複数のがん関連遺伝子が変異するために起こると考えられている。個々の細胞の特定の遺伝子をヒットする現象は確率論的事象であり、その確率を決める最も重要な要因はDNA損傷の種類と量であることが動物実験を中心にして明らかにされてきた。本研究は、化学物質によるDNA損傷をヒト組織から直接検出することにより、ヒト発がに実際に関与する要因とその相対的重要度を明らかにすることを目的とする。ヒトの各組織における0-アルキル附加体の定量と方法の改良についての結果およびその過程で明らかになった問題点を要約すると以上のようになる。 1)ヒトの各組織から06-メチルグアニン、04-メチルチミン、04-エチルチミンを検出することができた。そのレベルは対応する正常塩基との比にして10^<-6>から10^<-8>程度で、通常の動物発がん実験の1/100から1/1000に相当する。このことは、ヒトが通常の生活を営む中で、組織DNAにアルキル化をおこす物質に暴露されていることを示す。 2)高暴露群としての喫煙者の肺組織では、04-エチルチミンが非喫煙者より高く、その値は禁煙によって非喫煙者レベルに復する。 3)附加体レベルは、個人間、組織間でかなり差があり、同一人の組織間でも強い相関性は観察されなかった。 4)ヒト組織DNA附加体定量による発がんの分子疫学的アプローチの意義は明らかで、長期的展望に立って取り組む必要がある。そのプロジェクトを大規模に推進するには、定量法の開発が鍵である。
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