1.研究目的 転移性を獲得した癌細胞では基底膜や細胞外マトリックス成分などを分解しうる多種のプロテアーゼ群が産生されるが、リソソームプロテアーゼであるカテプシンも高発現することが知られている。たとえば乳癌や大腸癌などの高転移性癌細胞ではカテプシンが多量に発現されることが報告されている。高発現されたカテプシンは癌細胞の基底膜破壊における重要な役割を果たすことが予想される。そこで申請者は細胞の悪性化にともないカテプシンの細胞内動態がどのように変化するのか、また、このような細胞内局在性の変化にどのような因子が関わるのかについて解明する目的で、生化学および細胞生物学的技法を用いて本研究を遂行した。 2.研究方法と結果 (1)正常ヒト乳腺上皮細胞、変異ras癌遺伝子形質転換乳腺上皮細胞、浸潤性を有する乳癌細胞を用いてカテプシンの細胞内プロセシングと輸送の機構を細胞生物学的技法により比較、解析した。それぞれの細胞を用いて、放射性アミノ酸標識によるパルスチェイス実験を行い、経時的にそれぞれの抗カテプシン抗体を用いて細胞抽出液および培養液より免疫沈降を行い、得られた免疫沈降物をSDS電気泳動とフルオログラフィーにより検索した結果、カテプシン分子の癌細胞内プロセシング機構に大きな変化は観察されず正常細胞と同様なプロセシングが進行していることが明らかとなった。 (2)正常ヒト乳腺上皮細胞、変異ras癌遺伝子形質転換乳腺上皮細胞、浸潤性を有する乳癌細胞を用いてカテプシン分子の細胞内局在性の変化を蛍光顕微鏡により比較、解析したところ、変異ras癌遺伝子形質転換細胞では、染色されるカテプシンの局在パターンに変化が観察された。正常細胞ではカテプシンは核近傍付近を中心に存在しており、リソソーム顆粒に特徴的な分布を示したのに対して、形質転換細胞では、カテプシンは細胞全体に広がっていることが観察され(一部は細胞膜近傍に達していた)、正常細胞と異なる染色パターンを示した。つまり細胞の悪性化に伴い細胞表面膜方向へのカテプシンの細胞内移動が推察された。
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