イノシトールリン脂質ホスホリパーゼC(PLC)は情報伝達系の初期に活性化され、細胞内セカンドメッセンジャーを産生する情報交換酵素である。われわれはPCL-γ型分子内にPLC活性を抑制する領域(PCI)が存在することを見い出し、アミノ酸配列TryArgLysMetArgLeuArgTry-NH2がPLC活性阻害に必須であることや、この配列を含む合成ペプチド(PCIペプチド)は細胞膜に存在するPLCをも抑制すること等を明らかにした。本研究はPLC活性を細胞レベル、さらには個体レベルで効率よく抑制するPCIペプチドインヒビターを開発することを目的とした。また癌細胞に特徴的な浸潤・転移能への抑制効果についても解析を行い、抗癌剤としてのPCIペプチドインヒビターの有効性及びその制癌作用についても検討を行った。 1)大腸癌細胞増殖への抑制作用を検討した結果、本ペプチド誘導体[mry-PCI(Y)]を培養細胞培地中に添加することにより、増殖刺激に依存するイノシトール3ーリン酸(IP3)の産生、DNA合成、ソフトアガ-中のコロニー形成、細胞周期のG0G1期からS期への移行等、細胞増殖応答及び癌細胞としての表現形質の抑制が観察された。しかしTryからPheへのアミノ酸置換を行った変異ペプチド誘導体[mry-PCI(F)]では上記の抑制効果は低かった。また正常大腸粘膜由来細胞株では、血清刺激依存性のIP3産生はmry-PCI(Y)によりKMS-8細胞と同様のIC50値で抑制されたのに対し、DNA合成誘導への抑制効果は顕著でなかった。2)ホスホリパーゼC阻害ペプチドの作用の特異性をさらに検討する目的で、各PLCアイソタイプを個別に活性化するリガンド刺激を行ったところ、myr-PCIペプチドによる阻害効果はPLC-γ型が最も高く、次いで-β型と-δ型がほぼ同等レベルで阻害されることが明らかになった。3)ホスホリパーゼC阻害ペプチド処理による、癌細胞に特徴的な浸潤・転移への影響を大腸癌細胞を用いて検討したところ、KMS-8細胞の再構成基底膜への浸潤活性は、myr-PCIペプチドの濃度及び処理時間の長さに依存して抑制された。 以上の結果から、ここで用いたmry-PCIペプチドの阻害効果は強力かつ特異性の高いことが示唆された。また細胞レベルのPLC阻害剤として有効であること、すなわちPLCを経由する情報伝達を遮断しうるものとして使用できることが示された。
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