多くの神経伝達(候補)物質は個体の生存にとって極めて重要である場合が多く、従ってその完全欠損体の多くは致死性であることが予想される。そこで、本研究の目的は、神経伝達物質欠損マウスの胎児から摘出した延髄-脊髄標本を用いて自律神経中枢の神経伝達機構の電気生理学的解析を行うことであった。本研究で用いる摘出ブロック標本は、上述の隘路を避けられるだけでなく、解剖学的構築が良く保たれているために、特定の生理機能を担った神経細胞についての研究が可能であるという長所がある。さらに、胎児あるいは新生時の脳神経は、その未熟さ故に可塑性も高く、本研究領域に適した実験材料である。本研究では、具体的に、エンドセリン(ET)-1遺伝子ノックアウトマウスを交配・維持し、完全欠損体の胎児を随時作成し、以下の実験に供した。対照として遺伝背景が同一の野性型の胎児を用いた。1.出産予定日に帝王切開により胎児を摘出し、完全欠損体から延髄-脊髄標本を素早く作成し酸素で飽和させた栄養液中で維持した。2.調べる神経伝達機構として、呼吸調節に注目し、第4頚髄前根に装着した吸引電極から、呼吸関連自発群放電頻度を記録し、グルタミン酸、エンドセリン、炭酸ガスなどの化学刺激に対する応答性を検討した。3.野性型胎児標本の場合には、いずれの刺激によっても再現性のある興奮反応が得られたが、ET-1遺伝子ノックアウトマウスから得られた標本の場合には、炭酸ガス刺激による興奮反応のみが有意に減弱していた。4.実験終了後、組織学的検討を加えたが、ET-1遺伝子ノックアウトマウスにおいても、延髄及び脊髄に明らかな異常を認めなかった。 以上の結果から、中枢神経、とくに延髄に存在する内因性のET-1は、中枢化学感受性に重要な役割を果たしていると結論された。
|