シナプス活動による神経の可塑的変化は、発達期における神経回路網の形成だけでなく、記憶・学習などの脳の高次機能の素子過程と考えられる。シナプス可塑性は伝達効率の変化だけでなく、シナプス結合の形態学的変化も伴い、特に記憶の長期保持(LTPの後期相)には後者の方が重要な役割を果たしている。本研究は神経活動によるシナプス伝達効率の上昇、シナプス結合変化を長期的に引き起こす遺伝子(可塑性遺伝子)を単離し、遺伝子産物の生理機能を明らかにすることを目的とする。海馬のcDNAライブラリーから、subtraction-differential hybridization法を用いて、電撃痙攣刺激後、急速に誘導される新しい最初期遺伝子を見いだした。これらは電気ショックだけでなく、LTPを誘導するタテヌス刺激やNMDA受容体遮断薬で発現量が調節されることから、可塑性遺伝子と考えられる。最も多く単離されたクローンの塩基配列を解析したところ、この遺伝子が3個のZinc fingerを持つ転写因子Egr3をコードすることが明らかになった。Egr3はZif268と同じ転写因子群に属し、同じDNA配列を認識したが、電気ショック後のmRNA誘導はzif268よりも長く続いた。またLTPの閾値刺激でも誘導され、テトロドロキシンによって発現量が減少したことから、グルタミン酸受容体を介する神経活動によって発現量が調節されることが明らかになった。またコカイン急性投与によっても線条体を中心に誘導され、ドーパミン受容体刺激によっても調節されていた。in situ hybridiztionを用いて、zif268とegr3の発現を比較したところ、二つの遺伝子が同じ神経細胞で発現誘導されることが明らかになった。つまり、脳内でZif268とEgr3は同じ標的遺伝子の発現を調節することによってシナプス可塑性を長期に維持させると考えられた。
|