研究概要 |
ヨーロッパモノアラガイに味覚嫌悪学習を施すと,条件づけられる食物に対する嗜好性が低下する。我々はすでに,この学習成立の一因が咀嚼リズムを司るcentral pattern generatorへの調節細胞からの抑制の増強であることを示した。本研究では発生過程を追ってこの学習の成立を調べたところ,veligerの最終期で咀嚼運動の開始が確認され,孵化寸前に味覚嫌悪学習が成立することが分かった。しかし,それが長期記憶として保持されるには性成熟の直前まで待たねばならなかった。この学習行動に対する神経細胞の変化を組織学的に解析したところ,学習を獲得できる発生段階では,神経繊維の異常な収縮が起こっており,シナプスの再編成があると予想できた。また、学習を長期記憶化できる発生段階では,神経細胞数の莫大な増加が認められた。次に,central pattern generatorの調節細胞を蛍光染色して,長期記憶化時の形態を調べてみた結果,この細胞の形態はadultのものと全く同じであった。すなわち,長期記憶を得るためには重要な神経細胞の形態は整備される必要であった。一方,モノアラガイの神経細胞を初代培養しネットワークを作らせ,in vitro系での学習法を確立することも目指した。神経細胞の機能変化に伴って微細形態変化が起こっていると予想されるので,まず手始めに,初代培養した神経細胞の超微細構造を原子間力顕微鏡で観察することを努めた。細胞膜上の蛋白質や糖鎖のゆらぎを考慮すると,高さ方向は最低限40nmの分解能があることが分かった。また時間経過に伴って,シナプス領域での突起どうしの接近・反発,また成長円錐の伸長過程などが観察できた。現在,神経伝達物質など薬物投与時の超微細形態変化の観察を試みており,学習とシナプス形態変化との関連を明らかにされると考えられる。
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