真核細胞生物は低線量放射線に鋭敏に応答し、その後の放射線に対して突然変異・致死耐性となる。適応応答と呼ばれるこの現象は新しい型の生命維持機構の反映と考えられ、放射線影響の評価の面からも生命科学の面からも注目されている。本研究ではその分子機構と生物学的意義の解明に取り組んだ。平成8年度および平成9年度の研究において、低線量放射線を刺激として捉える情報伝達はPKC-α/p38MAPK/PLC-δ1の循環回路によってなされ、それは同時に線量強度の認識機構にもなっていること、応答による放射線耐性はp53遺伝子によって制御されていることを明らかにした。本年度の研究では耐性獲得の分子機構の解明を目指し、以下の新しい知見が得られた。すなわち、放射線照射によってp53遺伝子依存性の細胞自爆死(アポトーシス)が誘導されるが、低線量放射線の前照射はそのアポトーシスを起こらなくする。これは、放射線によって形成されるDNA損傷が死のシグナルを発信しない状態に変化する結果であると考えられる。それを確認するためにDNA二重鎖切断の再結合の際の忠実度を調べた。その結果、低線量放射線で前照射を受けた細胞ではDNA二重鎖切断の再結合が誤りの少ない結合へと移っていることが明らかとなった。このことから適応応答は突然変異の低減に働くと共に死からの回避の機構であり、生物進化の原動力となる生体応答の機構が低線量放射線の影響制御の生物学的基盤となっていることが考えられる。
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