研究概要 |
本研究では、日本的自己の性質をその二面性に注目して理論的かつ、実証的に探求した。まず、自己の集合的構成理論を提唱した。この理論によると、様々な文化や社会は自己についてのモデルを歴史的に共有しているが、このようなモデルは当該の文化の日常的現実の性質を規定すると考えられる。人それぞれの自己を構成する心理プロセスや構造は、こうして構成された日常的現実への適応を通じて形作られるため、当該の文化の人々の自己の構造は、その文化で共有された自己についてのモデルと何らかの対応を持つと考えられる。この理論的枠組みを用いて、まず日本的自己の二面性の歴史的起源を探索した。そして、自己に対する厳しさと他者への優しさという、それぞれの側面は、伝統的日本の風土に根ざした心性と大陸から移入された儒教や仏教の思想や慣習を抜きには理解し得ないことを指摘した(第1章)。次いで、これら2つの心理傾向について実証的に検討し、それらが確かに自己知覚や他者知覚における判断のバイアスとして生じることを示した。具体的には,日本人を対象にした実験研究を通じて、日本人には自分の短所と他者の長所を誇張して知覚する傾向のあることが示された(第2章)。さらに、他者への優しさとは、つまり、「思いやり」のことであると指摘し、思いやりを鍵概念として、日本的自己の対人的機能について検討した。まず思いやり傾向の個人差を測定する尺度を開発し(第3章)、それを用いて思いやり的心理傾向とは相互に思いやりを掛け合う関係に参加することを一つの側面であると言うように理論化することの妥当性を示す調査研究を報告した(第4章)。具体的には,思いやり的傾向の強い人は、人に対して、思いやりとして解釈できる援助を提供するのみならず、他者からもそのような援助を受け取りやすい傾向のあることを示した。
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